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ただのにっき


2016-10-25(火) [長年日記]

映画「この世界の片隅に」先行上映会へ。原作ファンも文句なしの傑作

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来月12日から全国公開になる映画(アニメ)「この世界の片隅に」だが、原作のファンの一人として以前Makuakeで出資したこともあり、先行上映会に行く権利があったので(といっても抽選かつ有料)行ってきましたテアトル新宿。

原作ファンというのは厄介な存在で、原作に忠実に作らなければ怒るし、かといってまんま原作どおりでも怒る。こうの史代作品のファンなんて(自分を含め)どう考えても一番うるさそうな連中だしなぁと、製作サイドを気の毒に思いつつ、(アニメじゃないけど)夕凪の映画の件なんかもあるし、実のところあまり期待せずに観ていたわけです。

で、観終えてから反芻しつつ「あれれ?」と思った。いやそんな……まさかね……。いやそのまさかだ。ケチをつけるところがないではないか。えー、なにそれ。これって奇跡じゃね!?

普段なら映画の感想なんてネタバレ気にせずバンバン書いちゃうんだけど、さすがに公開前の作品でネタバレするわけにはいかないので難しい。いちおう原作くらいは読んでる人向けに書くか。

前半、戦争突入あたりまではわりと原作に忠実に進む。といっても、背景なんかを細かく描かずに済ましてあるマンガをアニメにすると、省略された部分を正確に補わなければいけないわけで、すずの生きる世界を描く時代考証がもうハンパないのはひと目でわかる。その膨大な情報量が、こうの史代のタッチそのままに動いているんだから、それだけで感激だ。

個人的には原作冒頭の2、3話分が大好きなんだけど、「ひとさらい」の造形が雰囲気出ててニヤニヤしてしまうし、「波のうさぎ」がちゃんとぴょんぴょん飛ぶんだよ。初対面の周作のいかにも印象に残らない感じと、水原の強烈な個性の対比もすばらしい。

戦争の重みがすずの明るさを押しつぶしはじめるあたりから、こんどはアニメらしい表現が比重を増してくる。なるほどそうきたか、という解釈がどんどん出てくるが、アニメにするならそう描かなきゃと納得できるものばかりで原作厨でも安心。とくに色使いや時間経過の表現はフルカラーのアニメーションならではで、作品の持つ重みや衝撃を効果的にエンハンスしている。

もちろん、映画の尺に収めるために削られたエピソードはたくさんあるし、あとで振り返ってみれば「あれがなかった、これもなかった」と残念に思うのだけど、でも入れるべきエピソードは本当に全部入っているのだ。魔法みたいなシナリオだ。

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終了後は監督の舞台挨拶があった。6年にわたる製作期間のあいだ、監督一家の預金が数万円にまで落ち込んだ時期があって、クラウドファンディングで息がつけるようになった*1などというアニメーター残酷物語ではじめつつ、今日のテーマは声優陣の話。記憶に頼っているので内容の正確性はやや怪しい。

すず役ののん(aka 能年玲奈)のことが話題だが、周作役の細谷佳正がもう何年も前に最初に決まって、スケジュールを押さえるのが難しいから先に録っちゃった。他の声優もつぎつぎと録音して、けっきょく最後に決まったのんは一人で収録に挑んだそうで、声優業初心者にはかなり難しい仕事だったとわかる。

いや、でもいい演技だったよ。登場人物は普通の市民ばかりだから(義姉・径子以外は)芝居っぽい派手な発声はなくて、ダイナミックレンジの狭い中で感情を表現する難しい演技を求められるなか、やや滑舌に難があって聞き取りづらい場面はあったものの、そうとう上手いことやってたと思う。芸能界を干されてるなんて噂もあるけど、声優業、訓練次第ではけっこういけるのでは。第二芸能界へようこそ*2

とまぁ、長々と書いてしまったが、今年は豊作とされるアニメ枠で語るのはちょっと違う気がする、上質な大人向けの映画になってると思う。原作厨はもちろん、そうでない人にもオススメできる。

Tags: movie

*1 今日のフィルムには高額出資者の名前の入ったフルバージョンのエンドクレジットがついていた。

*2 さまざまな歪みを抱えて硬直しつつある芸能界と旧メディアに対して、ネットを舞台に芸能活動全体へ守備範囲を広げてきている声優業界を個人的に「第二芸能界」(読みは「ファウンデーション」)と呼んでいる。もちろんアシモフの銀河帝国にかけて。


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