2007-08-11(土) [長年日記]
■ 映画『夕凪の街 桜の国』を観てきた
詳細な読書ノートを作るほど原作に思い入れがある人が、別のメディアに展開されたものをポジティブに評価ができるわけがないわけで、ようやく近所で公開されたのを期に、がっかりするのを覚悟の上で観に行った。
結果、がっかり半分、評価半分というところか。以下、ネタバレ半分。なにしろ「皆実の火傷の位置が違う」とか、「そこでサッカーボールかよ!」とか、かなりどうでもいいことが気になるようなヤツの感想なので、偏っていること甚だしいのは間違いない。
前半の「夕凪の街」パートは、麻生久美子が神という評判はまったくそのとおりで、原作の皆実が抜け出してきたかのようなすばらしい演技を見せてくれた。これは大収穫。一見の価値あり。
このパートの「がっかり」は、こんな名女優を得ていながら、彼女の演技だけで勝負しなかった監督の度胸のなさにある。麻生久美子の独白だけで十分に話を引っ張れるのに、わざわざきのこ雲や原爆絵画を差し込んだりして、もう、雰囲気ブチ壊しである。そんなものを挿入しなくても、麻生久美子は表情だけで皆実の悲しみを表現できるだろうに。
再読されることを前提にネタを仕込めるマンガと違い、一回で理解させないといけない映画では、いろいろ制約があることはわかる。けど、原爆に関しては日本人相手ならある程度の共通知識を前提に描いちゃってもいいと思うので、直接的な表現はバッサリ落としてしまうくらいの割りきりが欲しかった。
その他、皆実が原爆ドームを見上げる、本作でもっとも重要なシーンを落としたり、皆実の眼が見えないからこそ意味がある「真昼の夕凪」がおかしな具合に描かれていたりして、原作の読み込みが足らないよ、監督。
一方、後半の「桜の国」に関してはだいぶ挽回していて、原作をしっかり理解したうえでのいいアレンジが加えてある。皆実の形見である髪留めは、原作ではちょびっと登場していただけだが、目に見えるアイテムとして明確に登場させることで映画ならではの臨場感をかもし出している。それから、旭と京花のなれそめを七波が見つめる演出なんかはとてもいい。七波にオレンジのパーカーを着せることで、彼女だけがちゃんと「浮いて」見えるんだよね。
後半の「がっかり」は、(麻生久美子と比べるのは気の毒かも知れないが)田中麗奈の演技がイマイチだったところか。男勝りで元気いっぱいな感じは出ていたけれど、物思いに沈む静かなシーンの演技にリアリティがない。特に口元の表情はもうちょっと勉強して欲しいよナァ。いつも半開きで知性が感じられないぞ。
でもまぁ、映画館はすすり泣きの声がかなり聞こえていたので、みなさんそれなりに満足していたのでしょう。それでも複雑な話なので、1回観ただけでは理解できない点も多かったと思うけど。原作知らずに観に来ていたお客さんには、ぜひ原作も手にとって欲しいよね。
映画が公開されてから、読書ノートへのアクセスががくーんと伸びてるんだけど、にも関わらず、先月からウチの日記経由で原作が売れたのはたったの1冊ですよ。どういうことだ(←最後はアサマシか!)。
田中麗菜>田中麗奈、ですね。
おおっと、こりゃ失礼。直しました。