2014-06-21(土) [長年日記]
■ 初音ミクはなぜ世界を変えたのか?(柴那典)
本が好き!の献本抽選、ついこのあいだ当たったと思ったら連続して当ってしまって慌てたのなんのって。4回に1回当たる計算で適当に申し込んだのに、これじゃ積読が消化できないじゃないの(笑)。いやもちろん本当に読みたいとは思ってたけど。ちなみに今回はYONDEMILLという(今回初めて知った)電子書店によるキャンペーンなので、いつものように自炊本をKindle読むのではなく、スマホ、タブレット、PCのブラウザを渡り歩きながら読んだ(これに関しては別項で)。
およそ20年に一度音楽の世界に現れる「サマー・オブ・ラブ」ムーブメント。初音ミクのムーブメントはその3回目にあたるのではないかという仮説に基づいて、初音ミク関係者への取材などからその裏付けをしていくという本。初音ミクのキャラクター的な側面(萌え方面)ではなく、わりとがっつり音楽方面からアプローチしている点が目新しいのだろう。ただ、この手の書籍によくあるように、著者は基本的に自身の仮説に合う逸話ばかりを並べていくので、客観性は読み手の側に求められる。まぁ著者自身もあとがきで学術的なものではないと書いているくらいなので、あまり真面目にとりあってはいけないものだと思う。とはいえ自分はあまりこの方面には明るくないので、なかなか面白かったし、音楽に限って言えばそれなりに説得力があった。
とはいえ、かれこれ四半世紀近くフリーソフトウェアおよびオープンソースソフトウェア(FOSS)に関わっている身としては、初音ミクムーブメントがFOSSの歴史をみごとなまでに忠実になぞっていることを知っているわけで、初音ミクムーブメントは規模こそ大きいだけでそんなに目新しいものではないという実感がある(たぶんコミケに関わってきた人も同じような感想を抱いているんじゃないかな)。音楽畑の著者の目にはそりゃぁ新規なものに映ったのだろう、でなけりゃ「世界を変えた」なんて大それたタイトルをつけるわけがない。でも悪いがそれはGNU/Linuxがすでにやったことなんだよね。
そんなFOSS視点から本書を読むと(というか他の読み方ができないんだけど)、いろいろアラがみえる。たとえばピアプロ・キャラクター・ライセンスがオープンソース運動にインスパイアされた重要な要素として語られてるけど、利用目的に制限をかけてる時点で腰が引けている。これは営利企業が策定したことによる制約だろうし、初音ミクを悪事に使ってほしくないという気持ちはわかるけど、これはもう「表現」というものに対する覚悟がぜんぜん足らない。ちなみにOpensource Definitionには「No Discrimination Against Fields of Endeavor」という項があって、利用目的による差別を禁止している。
こういうせっかくの先人がいるのにあまり歴史に学ばない、良くも悪くも子供っぽいところがボカロコミュニティにはあって、自分はわりと初期の頃から横目でみつつ距離を置いていたのだけど*1、ryo(supercell)の「メルト」は今でもけっこう好きで、この曲がエポックだという本書の指摘には大いに頷けるところがある。当時は初音ミクが「自分自身以外のことを歌う」というだけでも価値があったし。そんなryoがあの「Tell Your World」のアンサー・ソング「ODDS & ENDS」を出しているというのも今回初めて知って、探して聴いた。うん、いいね。彼の詩はすごく沁みる。ただこの曲の公式PVがニコニコ動画にないという時点で、サード・サマー・オブ・ラブがすでに終わっているという本書の指摘が真実だということを思い知るわけだけど。
いまやうまく上昇気流を捉えて高々度で安定飛行を始めたボーカロイドが、ムーブメントが終わったあと、過去2回のサマー・オブ・ラブのように音楽業界のバックグラウンドとして居座り続けることができるのか、それはあと10年は待たないとわからない。ちなみにFOSSの申し子GNU/Linuxは、今やなくてはならない社会インフラになっているが、さて。
*1 アイマスの方がいつまでも危なっかしくて目が離せない(笑)。