2012-05-10(木) [長年日記]
■ 解錠師 (スティーヴ・ハミルトン)
手先の器用さには多少自信があるので、鍵師になってみたいなーという漠然としたあこがれを抱いたことはある。もちろん現実には、実際の鍵師に必要なのは器用さよりも聴覚や触覚の鋭敏さだし、それより下手すりゃ警官よりも高いモラルを求められるストイックさに耐えられないんじゃないかと思うけど。まぁいまだにあこがれの職業のひとつには違いない。
ある事件をきっかけに声を失った美少年が、自己流でピッキングの技術を身につけ、天才的な適性をあらわにした結果次々と事件に巻き込まれていく……そのタイトルが「The Lock Artist」ってんだから、そりゃぁもう期待してしまうわけだ*1。しかし金庫破りをしている以上、明るく幸福な話にはなりようがなくて、メインストーリーはかなり陰鬱だ。
一方、一人の少女との出会いに始まるラブストーリーでもあって、解錠師としての後ろ暗さと対照的にこちらはじつに美しくはかない。なにしろ口がきけないものだから、気持ちを伝えるにもひと苦労。その後の意思疎通も言葉を介さずに行われるわけで、まどろっこしいがその分ピュアで、これが実にいいんだなぁ。
それからなんといっても、金庫を開けるときの描写がいい。「女を扱うように」という説明のとおり、金庫との「対話」がセクシャルでなまめかしい。過去に懸命に金庫破りの練習をしたが決して身につかなかった泥棒仲間の前で、こともなしに金庫をあけてしまう主人公、その2人の間に流れるなんとも言えない雰囲気にはぞくっとした。
いやー、どのシーンをとっても絵になって、実にいい作品だった。これは映画化して欲しいなぁ。
解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
早川書房
¥1,980
*1 邦題は「解錠師」だけど、日本では鍵師または鍵前師ではないのかなぁ。もちろん意図的なものだと思うけど。