ただのにっき
2011-04-08(金) [長年日記]
■ 数十年後、「自然エネルギーに騙された」と言わないために
斉藤和義の「ずっと嘘だった」という歌が評判だというので聴いてみたけど、「なんだこりゃ」だった。
断っておくけど、おれは別に原発推進派でもなければ反対派でもない、強いていえば消極的容認派だけれど、だからといって今さら「絶対安全って言ってたのに! 騙してたなんてひどい!」なんて騒がないよ。世の中に「絶対」なんてものがありえないって知ってるし。悪いけど、「絶対安全です」なんて言われて信じるほうがおかしい。
こんな歌、十代の子供なら許されるかも知れないけど、斉藤和義はもう44歳、おれと同世代じゃないか。この歳になったら言っていいのは「(自分より若い世代に対して)無知でごめんなさい、騙されててごめんなさい、黙っててごめんなさい」だろうよ。いい大人がイノセンスぶって責任回避かよ、情けねぇ。
この国はおそらく、今後ゆるやかに脱原発への道を進み始めるのだろう。そのこと自体はまったくもってけっこう、おおいにやろう。原発の研究開発につぎ込んでる金を自然エネルギー開発に回せば、いま以上に技術開発も進むだろう。社会が変わっていくのを見るのは、いつだってわくわくするね。
ただ、この機に乗じた自然エネルギー推進派がなにかとバラ色の未来を描いてまわっているようだけど、斉藤和義的メンタリティでそれに乗っかってたら、数十年後にまた同じような歌をうたうハメになるよ。
犬吠埼にたくさん風車を立てれば東京の電力をまかなえるというデマは収束しつつあるようだけど、いずれにせよ風力発電は低周波による健康被害や鳥類保護の観点から解決すべき課題も多い。個人的に低周波被害は相関関係はあれど因果関係は不明という立場だけれど、だからといって現存する健康被害がなくなるわけではない。原発は事故さえ起こさなければ安全だけど、風車の発する低周波は稼働中はずっと出続けて、おまけに非常に遠くまで伝播する。風車の周辺に住む人たちに「東京のために我慢して下さい」つったら、それって原発と何が違うの?
スマートグリッドさえあれば不安定な自然エネルギーも有効活用できるなんて話もよく聞く。発展途上の技術に期待をかけるのはいいけど、きみたちはついこの間、みずほ銀行のATMが何日間も停止したのを忘れたのかね。スマートグリッドの実現にはITが欠かせないけど、絶対安全な原発を作る技術がないのと同様、完全なソフトウェアを書く技術も人類はまだ手にしていない*1。ソフトウェアのバグでスマートグリッドが停止して大停電が起きたら、また「だまされた!」って騒ぐのかな?
だいたい、自然エネルギーは温室ガス削減効果を高めるため、つまり火力発電の代替手段として導入が検討されてきていたものだ。それが急に原発の代わりにしようなんて話をしてる。「子孫にクリーンな地球を残すため」に原発を撤廃するのはいいけどさ、じゃあ地球温暖化の危機は? あれも子孫に多大な影響をもたらすんじゃなかったっけ。
どんな技術にもメリット・デメリットがある。メリットばかりを吹聴されて、それを盲信しないためには、科学的な懐疑心が欠かせない。われわれ日本人は、えてして道徳的な立場から人を疑うのはよくないことだと教えられるが、正しい判断をするために、いや「生きるために」、科学的懐疑心は必要なスキルだ。あらゆる意見は「仮説」として受け止め、反証できないか考える。検証されない仮説は採用しない。訓練は必要だが、なにも難しいことはない。人を疑うのではなく仮説を疑うのだから、道徳的にはなんの問題もない。
40代にもなって「騙された!」と騒ぐような情けない大人にならないためには、きちんとした科学教育が必要だ。それも、教科書を丸暗記すれば試験に合格するようなエセ科学教育じゃなくて、正当な懐疑心を養い、仮説検証を経ない理論は採用しないといった「科学の心」を持つための科学教育が。ちゃんと人を育てるところから始めないと、また数十年後におかしな責任転嫁を聴かされることになるよ。
*1 IT業界にいながらこんなことを書かなければいけないのは歯がゆいけど事実は事実だ。