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ただのにっき

2007-11-01(木) [長年日記]

ある草の根BBSに舞い降りた色白の美少年の話 〜itojunの思い出〜

かれこれ二十数年前の話になる。

東京・蒲田に、ADD-Netという草の根BBSがあった。日本国内のパソコン通信サービスとしてもかなり草分け的なホストだったはずだ。当時はまだ電話料金が従量制で、国内でやっと2400bpsのモデムが出始めた時期に、当たり前のように海外から9600bpsのモデムを取り寄せて使うような人が集まるコミュニティだったので、それなりに裕福な大人たちが主なメンバだったが、どういうわけか10代の少年がやたらと多かった。

そんな中でもとりわけ若い、色白の美少年がいた。たしか入会当時は中学生。年の割には生意気な口をきくが、ADD-Netに出入りするティーンエイジャーはほぼ例外なくクソ生意気な連中ばかりだったのであまり問題にはならなかった。それよりも、常識があって礼儀正しく、社交性も高かったので、大人たちからもけっこうかわいがられていたように思う。彼のIDは「itojun」。当時から「いとぢゅん」と名乗っていた。

小学校から慶應に通っていたくらいなので裕福な家庭だったのだろう。かなり早いうちからUNIXワークステーションをいじるような生活をしていて、ハッカーの片鱗は当時から見せていた。技術にも明るかったが、ADD-Netではむしろ、アニメや映画、マンガなどの話題にからんでいることの方が多かったように記憶している。なんにでも楽しそうに接する少年だった。

インターネットが普及して、パソコン通信サービスがばたばたと店じまいをする中、ADD-Netも例外ではなくその役割を終えた。当時のメンバも散り散りになってしまったが、itojunとはなぜか細々とした関係が続いた。とはいえ、二人ともプログラマになったものの専門分野が違ったので、IT系の話はまったくなく。おれが運営するスーパーカブのMLにはだいぶ初期の頃から参加していて、最近も古いC105を入手してレストアしていたり

リアルで会うことは10年以上なかったが、今年になってひょんなことからGoogleで会った時には、かつての美少年はどこへやら、ひげ面のむさい男になっていたのには驚いたものだった。誰だかひと目ではわからなかったくらい。でも、その目の輝きは当時からまったく変わっていなかったのだけれど。

それがトリガーになったのだろう、この夏のワールドコンに引きずり込まれたいきさつなどはすでに日記に書いたとおりで、いわば「itojun最後のプロジェクト」で、同じチームで働く機会を持つことになった。IPv4の設定に失敗したりと、いかにもitojunらしいポカには笑ったが、ワールドコンのネットワークがまがりなりにも使い物になったのは、その人脈も含めて考えるならほぼ100%、itojunの働きによるものだ。これですっかりSF大会にはまったitojunは、もう来年のデンバーに行く計画も立てていた。

技術的にはいっさい妥協することのない技術者の鑑のような男だったが、かといってナードにありがちな内向性はなく、持ち前の人当たりの良さもあって、誰とでもすぐに仲良くなれる社交性豊かな男だった。この世界にいれば、両方の資質を兼ね備えた技術者がどれだけ貴重かわかるだろう。

彼の残したものの大きさは、わざわざ語るまでもない。今回の訃報に、ネット上では「itojunさん」どころか「itojun先生」と呼ぶ人が多くて、ずいぶん立派になったものだといまさらながら驚いた。だが、おれの中では、itojunはいまだかわいい中学生のままなのだ。


昨日はもう、仕事に没頭するくらいしか気を紛らわす方法がなかったけれど、今日はだいぶ落ち着いたので昔の思い出を書いてみた。尻切れトンボになってしまったが、これ以上書くのはつらいので。

追悼用BGMは『トップをねらえ!』のサントラ。当時、このアニメにはまったおれとitojunは、サントラを買ってきて「この曲がかっこいい」だの「この順番でかけると燃える」とか、そんな話をしていたのだった。あいつ、いまだにガンバスターのTシャツとか着てるしな。それにしても、最後の「元気でね」の歌詞があまりに今の気分に合いすぎて、泣けるナァ。