2007-06-07(木) [長年日記]
■ Self‐Reference ENGINE (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)(円城 塔)
方々で「傑作」との呼び声が高いので、積みあがった未読本を押し分けて先頭に出てきた。
確かに傑作だ。が、どうにもおれは「ケッサク」と呼びたい気分が抜けない。傑作には違いないのだが、読んでいるあいだ中、頭の中で「SF終わったな」というリフレインがね……。ここで「SFなんてとっくに終わってるじゃん」とツッコミを入れようとした人は、自分の過去が改変されていると思った方が良い。
そもそも全編に渡って頻出する「巨大知性体」という用語がダサすぎる。それに、人工知性を描いていながら、シンギュラリティにまったく触れないわざとらしさ。「SFが終わったあと」を狙って投下しているとしか思えないではないか。これをハードSFに分類するのはお目出度すぎる。どうみたってギャグSFだよ、これは。
だいたい、円城塔という小説家が実在するかどうかも怪しいものだ。新人というのがまた、怪しさ百倍だ。せいぜい、ゴーストライターというところだろう。さしずめ、SFマニア集合知性のゴーストライター。でなけりゃ、こんなSFマニアが集まってするようなヨタ話ばかり、延々二十編も書けるわけがない。
あー、ここまで読んで、ほめてるように思えなかった人のために書いておくと、ほめてます。SFマニアにとっては面白かったです(←やっぱ言い方がビミョー)。
関連する日記: 2007-06-09(土)
あからさまにシンギュラリティそのものでは?巨大知性体
個人的な判断基準を示させてもらうならば、人類に興味を持ち続けている時点で「特異点」に到達しているようには思えません。シンギュラリティって、人類など眼中になくなるくらいの状況を指すと思うんだけど。
ああ、なるほど。「人類文明の根源的な変容」くらいの意味でとらえていたもので>シンギュラリティ