2006-10-05(木) [長年日記]
■ 宇宙の果てまで―すばる大望遠鏡プロジェクト20年の軌跡 (ハヤカワ文庫NF)(小平 桂一)
最近ノンフィクションばっかり読んでる。この本はだいぶ前に出たものだけど、文庫化されたので買っておいたもの。世界一の巨大光学望遠鏡「すばる」の建造過程を、当事者の目で描いたドキュメンタリーである。
出だしのアンデスの描写でズキューンと来る。もともとアンデスという土地には憧れを抱いているんだけど、こういう描写をされてしまうと、たまらない。そうか、天文学者は地上の光から逃れるように行動するから、おのずとこういう荒々しい風景に出会えるのだよなぁ。他にも、信州の四季の描写などがけっこう事細かにされている箇所もあり、なんともうらやましい生活。もっとも、うらやましいのはここまで。
本題の「すばる」の建造に関して言えば、予算の壁、法律の壁、技術の壁が次々と襲い掛かり、結末を知らなければ、とてもじゃないがプロジェクトが完遂されるとは思えない。日本の科学技術系のノンフィクションは、えてしてこんなシーンばっかりだ。
中でもショックを受けたのは、著者が巨大望遠鏡建造プロジェクトを主導しようと決心するくだりだ。完成まで20年。ということは、完成しても自分の研究者としてのキャリアは終わっていることを意味する。研究活動も継続するとはいうものの、それすらもプロジェクト遂行のモチベーションを保つためと言い切る潔さ。研究者としてこの道に入ったにも関わらず、その道具作りに残りの研究人生をささげるとは、想像を絶する決断である。大きな仕事というのは、こういう無私の行動なくしては成立しないのか。
ソフトウェア屋としては、ここでRMSの顔を思い浮かべるのは、あながち間違ってはいないだろう。本書を通して、RMSに対する尊敬の念を改めた。まぁ、(RMSと同様)本書の著者にしたって、おそらくプロジェクト遂行の過程でいろいろ敵を作ったりもしただろうけど、出来上がったものの前では、そんなことは些細な話だよなぁ。
あと興味深かったのは、たくさんの関係者が実名で登場するにも関わらず、霞ヶ関の役人たちだけはみな匿名であることだ。おそらくそういう意向が示された故だとは思うが、時に「お堅いお役所」として立ちはだかることもあるものの、プロジェクトが動き出してからは彼らもさまざまな形で望遠鏡建造に力を尽くしたはず。にもかかわらず名前は出ない……というのは、なんとも報われない職業だ。ちょっと気の毒。
直接関係ないけど、本書中に、野辺山の45m電波望遠鏡の予算が通ったあたりから、すばるのプロジェクトが動き始めるくだりがあって、ああそうか、だから最近ALMAの動きが活発なのか、と納得した。国立天文台の電波望遠鏡と光学望遠鏡は、交互にアップグレードするのだな。
先日野辺山の一般公開に行ったとき、ALMAのコーナーで研究者に根掘り葉掘り話を聞いた(というのは嘘で、こっちが聞かなくても向こうがいくらでも喋ってくれるんだが)。「すばる」には日本で最初の海外研究施設という高いハードルがあったが、ALMAは国際協力事業で、しかもハワイどころか地球の裏側の話である。本書の様子から察するに、ALMAプロジェクトもさぞかしいろんな壁に阻まれているのだろうなぁ……と思う。でも野辺山の彼は、ずいぶん楽しそうに現地の話をしてくれていたのを思い出す。あれくらい若ければ、将来自分の研究に使えるもんな。そりゃモチベーションも高いはずだ。将来ALMAが見せてくれる世界も楽しみだ。
わたしも最近読みました。こうして何かを成し遂げられる方がいる一方で、自分の人生というタイムスパンを越えた研究をしている方もいらっしゃるのでしょうね。どちらも尊敬。少しでも近づきたいものです。
http://seitsui.tdiary.net/20061008.html#p01
seitsui日記
[本]宇宙の果てまで/小平桂一
たださんのところで紹介されていたのを見て、自分で研究に使ったこともあるものだけど詳しいこと知らなかったなと。大学院に入ってすばるのデータを使ったり、実際に観測に行ったりするころには渡航の手続きとか費用とかは、すでに決められた手順ができていて特に苦労もす..