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ただのにっき


2010-05-26(水) [長年日記]

代替医療のトリック(サイモン シン/エツァート エルンスト/Simon Singh/Edzard Ernst/青木 薫)

私の(嬉し恥ずかし)代替医療体験告白コーナー!

子供のころからやたらと鼻血が出る体質で、しかもひとたび出血すると多量でなかなか止まらないので行動不能になるというやっかいな症状。大学病院で調べてもらっても原因不明で、「鼻の粘膜を焼く」といういささか乱暴な対処療法をすすめられた。「さすがにそれはなぁ」と悩んでいたところに、母が見つけてきたのが鍼治療である。

藁にもすがる思いで(←代替医療にはまる典型的な心理状態)受診してみたところ、センセイは「頭に気がたまっていて(のぼせたような状態にあるから)鼻血が出やすい」と診断。頭と足の先に針を打つと、両端にワニ口クリップがついた細い銅線を取り出して、針の間を接続したのである。頭と足の間にある電位差を取り除くのだそうだ。そして、この銅線には逆流を防ぐためにダイオードまで仕込んであると自慢げに語った*1

おれがベッドから跳ね起きて治療院を飛び出さなかったのは、体から針をぶら下げたまま往来を歩くのは忍びなかったのと、母の顔を立てるためである。あの場で笑い出さなかった自分を褒めてやりたい。そんなわけで、プラセボ効果のまったく期待できない患者が、ここに誕生したことになる*2

で、この話、非科学的な代替医療を小馬鹿にして終わりかというとそうではなくて、なんと不思議なことに治ってしまったのである。あれ以来、かつてのような派手な鼻血はいっさ出いなくなった。

さて、ここで中国四千年の神秘に魅せられて代替医療のとりこになるべきかというと、そうじゃないよ、というのが本書に書かれていることである。鼻血癖が直ったのは鍼のおかげ「かも知れない」が、単に体質が(偶然時を同じくして)変わったのかも知れないし、その他の生活習慣の変化が治癒をもたらしたのかも知れない。

「個人の体験」はその治療法の効果を証明するものではない。必要なのは厳密な臨床試験しかないのだ。おそらく鼻血が出やすい体質の人に対する鍼治療の臨床試験なんてされてないと思うので、ここでは評価をペンディングにするのが科学的な態度というものだろう。「(自分は)鍼がきっかけで鼻血が治ったよ」くらいは言ってもいいが、「鼻血には鍼が効く!」とまでは一般化してはいけない。

Amazonの書評には★を1つか2つしかつけてない人がいて、そういう人たちはおそらく上のような体験をしたことがあって、それを否定されるのが耐えられないんだろうなぁと思う。自分を客観視できないんだね。まぁわからなくもないけど。

というわけで、鍼治療を最初に血祭りにあげたあと、ホメオパシー、カイロプラクティックなどの代替医療について、「科学的に原理が説明できるかどうか」にはかかわらず、厳密な臨床試験の成果を使って「効くかどうか」だけを検証するのが本書の基本的な流れである。だから、ホメオパシーみたいなあからさまなインチキに対しても、誠実かつ中立に向きあっていて、「さすがはサイモン・シンだ」と感心してしまう。(上記のような心理的な抵抗は別にして)このアプローチを論理的に否定できる人はいないだろう。

おおかたの予想どおり、ほとんどの代替医療はこの検証に耐えられない。腰痛に対するカイロと、一部のハーブ医療だけがなんとかセーフというところ。おれもカイロはたまに頼るけど、腰痛にはたしかに効くけど慢性的な肩こりはいっさい改善しなかったのでこれは納得できる。こんな風に自分の体験にマッチする部分は納得できるけど、そうじゃない場合はつらいかもねー。でもそこに向きあってこそ、安価で安全で効き目のある医療を受けられるというものでしょう。現代人として必読。

2013-08-28追記: 文庫版が出た

代替医療解剖 (新潮文庫)
サイモン シン/エツァート エルンスト/Simon Singh/Edzard Ernst/青木 薫
新潮社
¥ 907

Tags: book

*1 人体は導電体なのでマクロな電位差は生じないはずである。仮に電位差があったとしたら逆流は起こりえないので、ダイオードは不要である。

*2 プラセボが成立する最低限の条件は「その治療が効く」と信じていることである。


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