2004-11-09(火) [長年日記]
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夕凪の街桜の国(こうの 史代)読書ノート
11月3日の続き。再読者向け。ネタばれありすぎなので未読の人は注意。ツッコミなどで新しい情報が寄せられているので、随時アップデートしている。なお、このトピックはあくまで「読書ノート」に過ぎない。最終的な書評は11/22分を参照のこと。
表紙
2005-01-26追記、ツッコミより: カバーを取ると、切り絵調の別表紙が現れる。『夕凪の街』が同人誌として頒布されていたときのものだという説があるが未確認。
2005-01-28追記、ツッコミより: 同人誌版『夕凪の街』の表紙はDOXAにて見られる。なかなかいい色使い。
目次
欄干に腰掛ける皆実。着ているのは古田と作ったワンピース。地面には打越にもらった草履。つまりこれはありえなかった未来。
『夕凪の街』
非常に悲劇的な話であり、ある意味「原爆文学の王道」。表現が優れていること、恋愛をからめたことから、雑誌掲載時にセンセーションを巻き起した理由がよくわかる。しかし、続く『桜の国』がある今、『夕凪の街』は前ふりにすぎないと個人的には思う。
p7
ワンピースを見る皆実の視線は、袖に。腕にやけどのある皆実は、夏でも長袖の服しか着ない。
p8-9
ツッコミより: 皆実が素足で川べりを歩くのは、原爆投下直後の体験(p23-24)が元になっているのではないか説。
p9
「お富さん」の間に挟まる「みどりちゃん」は、原爆で「死んだはず」の妹、翠と同名。物語に少しずつ暗い影が混じる。
p10
「立ち退き反対」の張り紙。投下から10年、焼け跡のバラックにも再開発の波。
p12
ツッコミより: 打越の姿を見て、すぐさま袖をおろし、火傷の跡を隠す皆実。
p13
ツッコミより: 左の額にも火傷の跡がある(p15参照)ので、なにげなく隠す皆実。
p14
なぜか二つの湯飲みを見つめる姿が描かれているんだけど(p12最終コマも)、ここの意味はちょっとよくわからない。打越への淡い思いを表現しているのか、それとも何か思い出のある湯飲みなのか?
p14-15
皆実の記憶に、少しずつ侵入してくる10年前のフラッシュバック。この後、コマの面積が徐々に大きくなる。
p16
窓から覗く幸せそうな一家の家族構成は、以前の平野家と同一。
2005-02-22追記、ツッコミより: p49~50で東子に口笛で呼びかける七波に対比しているのではないかという説(深読みしすぎかも?)。
p19
1コマ目。皆実のちょっとがっかりしたような表情がうまい。
p21
3コマ目。このコマ割り! ワイドスクリーンで映画を観ているような気分。
p22
現在と過去が同居する、本書最大の衝撃シーン。皆実の生活に割り込む過去が極大に。川の中の遺体は写実的にせず、被爆者が描き残した絵を彷彿とさせる。
p24
2コマ目。前を歩いているのは霞かも(メガネをかけている)。それにしても、ススキを手に見立てるとは怖いことをする。
p26
最終コマ。これだけの線で、これほどまでに決意に満ちた表情を描けるなんて。こうの史代の画力がもっとも生きるシーン。
p29
「生きとってくれてありがとうな」。泣けるシーンだが、一読目と再読時ではその意味が大きく異なる。
p32
「知っている手」はもちろん、p29の打越の手。このコマはむしろ、皆実よりも打越の無念さが伝わってくる。
p33
6、7コマ目。この発想はすごいと思うんだけど、いい表現が思いつかない。
p34
(どこで読んだのか忘れたが)当時、水戸からの汽車は朝に到着していたはずなので、旭の到着直後に皆実が感じている風は夕凪後ではなく朝ではないかと考えられる。目が見えないので、時間の感覚がないという説。
p35
(あとがきによれば)意図的な空白ページ。
p36
p35を空白ページにするため(?)に加えられたカット。縁日に出掛ける前の皆実と翠か。だが場所は翠の死後に住み始めたバラック。つまりこれも、ありえなかった未来である。
2005-01-26追記、ツッコミから: 皆実と京花という説があり、こちらの方が説得力がある。ただ、京花の身長からその時期を推定すると、これも「ありえなかった未来」かも知れない。
『桜の国(一)』
これも雑誌に掲載されたそうだが、これだけ読んでもさっぱりだっただろう。(二)を含めて単一の物語。ちなみに掲載号は「8月6日号」だそうだ。よくやるなぁ。
p39
鍵を開けるのを躊躇する七波。理由はp79で明らかに。
p40
1コマ目。表札の「石川旭」(皆実の弟)から『夕凪の街』との繋がりがわかる。「平野フジミ」は皆実と旭の母(p10)。続く連絡帳の記述からも、旭に妻がいないことがわかる。
p41
仏壇の横に、広島から持ってきたミシンがちゃんとある。
p42
こうの史代は効果線を描かない。にもかかわらず、こんなに動きのある絵が描けるのは驚異だ。p20、3コマ目の皆実とか。
p44
4コマ目。この七波の目つき、こうの史代は他作品では多用するのだが、本書ではここだけ。好きなんだけどなぁ。
p45
最終コマ。「凪生」はもちろん「夕凪」から。とすると「七波」も「皆実」と韻を踏んだか。
2005-01-26追記、ツッコミから: なお、平野家の人々の名前は、すべて広島にある実在の街の名前から取られている。石川家は違うようだが。
p46
入院中の凪生と、検査続きのフジミ。この家族がいまだ原爆の影を引きずっているように読めるが……。
2005-02-22追記、こうのさん(!)からのコメントから: 「七波が野球少女なのは、親父が野球少年だったからです。親父は本当は凪生に野球をやらせたかったのだろう、と察していたから七波は余計に野球に打ち込んだのでしょう」とのこと。
p50
旭が一度も顔を見せないのはなんでだろう。追記: そういえば、フジミも顔は見せていない。ということは、(一)には「二世」だけしか登場しないという構造。
p51
東子は昨晩、将来の夢を「看護婦」に書き換えたのではないだろうか。きっかけはp45~46。特にp46、4コマ目からの東子の表情は意味深。
2005-02-22追記、ツッコミから: 「同じじゃあ」は、広島に育ったわけでもない七波からなにげに出てしまう広島弁?
『桜の国(二)』
新しい原爆文学の形。明るいオチでも原爆と平和は語れるということを証明して見せた。
p56
まだミシンが残っている。
p61
『桜の国』は、七波が東子から交通費を借りるところから物語が動き始めるのか?
p63
過去を知らなければ、フジミの死期は単なる痴呆状態である。読者は先入観を試されている。
p64
5コマ目。ヘアスタイルから、これはワンピースを作った古田。この他の人物もちゃんと特徴を引き継いでいる。
p66
最終コマ。表情、コマの位置ともにp26と酷似。皆実と七波が時を越えて繋がる。
p67
旭が最後に面会するのはもちろん打越しかいない。それがわかると、作務衣・草履姿にも意味が出てくる。ちゃんとハゲているところもポイント。
2005-02-22追記、ツッコミから: 打越が取り出した2つの湯飲みは、p12~14で皆実とお茶を飲むのに使っていたものに似ていて、皆実の形見ということかも知れない。特徴のない湯飲みなので深読みかもしれないが、このシーンの場所はまさしく2人が語り合った川べりと同じ(であろう)ことから、そう想像できる。
p70~71
過去への推移。うまい。
p75
最終コマ。これは読者への問いかけでもある。
p76
6コマ目。京ちゃんかわいいですねぇ。追記(2005-01-26): 7コマ目の間違い。
p77
2005-02-22追記、ツッコミから: 「見りゃわかっぺ!」は水戸の方言。
p78
6コマ目。たとえ医療関係者でもあの展示にはまいるだろう。気持ちはわかります。
p79
コマ割りを含め、p39のリフレイン。追記: 部屋番号まで同じ。
p82
元春伯父さんは、京花の兄。
2005-01-26追記、ツッコミから: このページの「いらぬ事を知ってしまった…」と、p98の「またいらぬ事を知ってしまった!」は、ルパン三世の石川五右衛門の決め台詞「つまらぬものを斬ってしまった」のパロディと思われる。もちろん、七波のあだ名「ゴエモン」とのひっかけ。
2005-02-22追記、野々村禎彦さんによる書評とこうのさん(!)からのコメントから: 「京花と元春の名前は元安川と京橋川から一文字ずつ採っていて、京子では東子と混同するので京花にしました」とのこと。
p83
ここもスムーズな過去への推移。
p84
フジミの手にある髪どめは、皆実の形見。
p86
原爆の陰の部分だけを引きずるのはどうよ? という作者のメッセージではないだろうか。
p89
野球少女健在。
p90
ツッコミより: ドームのある街(p67)から、別のドームのある街へ。過去から現在へ旅をする七波。そしてやはり橋の上から、過去の橋の上にいる旭と京花へのバトンタッチ(p92-93)。
p93
2005-01-26追記、ツッコミから: このシーンは平和大橋で、巻末の解説によれば題は「生きる」。一方、p22で皆実と打越がいるのは西平和大橋で題は「死ぬ」。意味深だが、解説にも「あとで知った」と書いてあり、偶然かも知れない。ただ、目次は平和大橋(生きる)なので、これはこれで救われる。
ツッコミより: このときの京花の年齢は、おそらく七波、東子と同じではないか。凪生との関係に悩む東子とのシンメトリー?
p98
ギャグを除けば最後のセリフである「お前がしあわせになんなきゃ姉ちゃんが泣くよ」。作者の一番言いたかったことが込められていると考えるべきだろう。
この半月というもの、肌身離さずに持ち歩き、ことあるごとに読み返している。値段の10倍の価値があると書いたのは偽らざるところで、本音は100倍と書きたいところである。とは言え、未読の人に対しては「いいから読め!」としか言いようがない。けっきょくこの本に言及する..
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こうの史代『夕凪の街桜の国』の (勝手)年表をつくってみました。 できれば 原作漫画本を手元に用意して 読んでみてね♪


P50の話は、P51の”叱る余裕が無かったのだ”の演出ではないでしょうか?またこれは、P63に掛かる話だと思いました。P49がとても印象的ですよね。
たしかに >演出<br>p49は、時間が連続してるのに場所が飛んでるんですよねぇ。なんか変。
あれは、悪い(おばあちゃんにとっては最悪な)冗談に対する罰を与えた事を書いてるだけですからね>時間が飛んでいる。<br>なので、あまり気にしていませんでした。
そういえば、おばあちゃんが痴呆になったのは、おばあちゃんが鼻血を気にする理由に気づいたエピソードを表現するためなのではないでしょうか。>”会いたくはなかった”
む、そうか。それとは関係ないけど、また新しい構造に気づいてしまいましたよ。あとでp50あたりに加筆しておきます
プリンが買えないのはイタイ!
でも、旭は被爆していません。>二世論
(穿ち過ぎ)<br>環境のせいか、持って生まれたものなのかを知りたかったから>凪生が医者に成ろうとした理由
そうですよ。だから旭は、(二)で両者の橋渡しができるんです
旭は被爆していませんが京花が被爆していますよ>二世論<br>なんで、平野家の墓に京花の名前がないんだろう?(P.66)。実家の墓に入れるというような風習があるのかな(良くわからない)。
あ、上のは大間違いだ。平野さんじゃないですね。
?不死身もといフジミが一世なら旭は二世、顔を出していないので一世というなら、被爆していないからという事なのかな?
良いマンガをご紹介いただいてありがとうございます。何度も読み返しています。<br><br>打越が皆実に告白したのは西平和大橋(「死ぬ」)で、旭が京花に告白したのは平和大橋(「生きる」)という構図に気付きました。<br><br>なお、目次の「ありえなかった未来」は平和大橋のほう。
ぬぉ〜、それは気づかなかった!!
http://www.jmdb.ne.jp/1941/bq002390.htm<br>内容がわからん。1941.11公開ってのが気になるね。この作者が意味なく採用したとは思えない。
上のサイトは「大田洋子」の間違いでしょう。こっちで検索するとたくさん言及が読めます。『夕凪の街と人と』は参考文献にも出てますから、『桜の国』も読んで/観ている可能性はありますね。
ありがとう。予想通りでした。
旭が墓に供えた桃(P66、3、4コマ目)はP57で冷蔵庫から消えた桃?<br>P78の2コマ目「くすねてきたぞ」は供えてあった桃?
他に読み取りようがないと思いますが? >桃
やはり...<br>食べたのかな...
p36については、皆実と京花という見方はどうでしょう?<br>p74で、「以前ここにお姉さんがいたろう」という旭の言葉もありますし。
蛇足ですが、平野家の名前はすべて広島市の街の名前になっているんですね。<br><br>平野皆実 => 広島市南区皆実町<br>石川(平野)旭 => 広島市南区旭<br>平野 翠 => 広島市南区翠<br>平野 霞 => 広島市南区霞<br>平野フジミ => 広島市中区富士見町<br>平野天満 => 広島市西区天満町<br><br>京花の旧姓太田は、太田川にちなんででしょうね。
なるほど、それはあり得ますね >皆実と京花<br>でも、年齢が微妙に合わない気も。<br><br>街の名前はトリビアですねぇ〜。感動しました
P76は7コマ目じゃないでしょうか。<br><br>それと、カバーを取ると版画調の皆実が描かれてます。 上着を着てません。 いい顔してます。
NBGさんとこからジャンプしてきました。<br><br>p82の1コマ目「いらぬ事を知ってしまった」と、ラストp98最終コマの「またいらぬ事を知ってしまった!」<br>実はゴエモンってあだ名案外気に入ってた?<br><br>刊行時28歳くらいの人が小学5・6年生のころですかね。ルパン三世のTVアニメ(新ルパン三世:赤ジャケットの方)が流行ったのは。<br>ルパン三世原作がWEEKLY漫画アクションに掲載されていたって事もなかなか。<br><br>p36は皆実と京花に一票。<br>夕凪の街と桜の国を繋ぐ役目にもなりますし。<br>たしかに年齢が微妙ですが、p66の墓石に刻まれた死亡年月日と年齢からして、皆実と翠は1〜2歳違いなので、この二人の組み合わせの方があり得ませんよ〜
なるほど! 説得力あります。特にルパンのパロディには考えがまったく及びませんでした。あとで本文に追記しておきます
カバーを取ると版画調の皆実>おそらく「夕凪の街」が同人誌として頒布されていたときの表紙では内科と思われます。タイトルも「夕凪の街」しか表記してありませんし。
版画調というか切り絵風ですね。タイトルは「桜の国」もちゃんと併記されていますが……?
すいません。「桜の国」表記されてます。思いっきり酔っ払ってたんでしょうか、わたし。同人誌として頒布されていたときの表紙写真はこちらの方のBLOGでご覧になれます。http://d.hatena.ne.jp/johanne/20040225
しばらく悩んでいるんですが、P30の歌のくだりは、次のページへの伏線以外にないんでしょうか?最後のコマをはみ出しは強調だと思ったんですけど。旭と打越があったあの川原には、並木道らしきものはないし・・・。
深読みのしすぎは体に悪いですよ(笑)
まあ、そうなんですけど。考えることが楽しくって・・・。
P36についてですが、私は打越と結婚した皆実が、生まれてきた娘の髪をとかしてやっている、というふうに思いました。叶えられなかった夢として、打越が想像しているかのように、思いました。ただ、皆実の子供など本編で全く出てこないので、あくまでも私見ですけどね^^
みなさんの読みの深さに感心しきりです。ほんとに再読の再読に耐えうる珠玉の作品です。<br>さて、私見なのですが、、、<br>P51 6コマ目、東子によかったねといわれての七波の即答「同じじゃあ」は広島弁、耳になじんだ<br>亡き母の訛りがつい出たのか?<br>P77 1コマ目、大学生の旭がふざける京花にむけて言う「高級かどうかは解いて値段見りゃわかっぺ!」というのは水戸なまり。京花に言葉のこと(標準語)をさんざん言われたので、ちゃめっけだしてお国訛りで返してみたのだろう。
P16で窓の向こうの人と音楽を眺めるだけの皆実は、P49-50で窓の向こうの東子に口笛で呼びかける七波と対比にもなってるのではないでしょうか。<br><br>直前にフジミが皆実(七海)の心配をするが、何でもなくて小言を言った、という流れもかぶっているので、深読みしすぎでは無いと思うのですが。
物語がそのままハッピーエンドの方向に行くと無意識に期待させておいて、急展開する「そして、それから力は抜けっぱなし‥」というダブルミーニングのセリフ。その背景が電線に並んでとまる二羽の小鳥(鳩!)というのは、どういうことだ!それに気づいたとき、愕然とした。
p68で旭が最後に打越と面会した際に、打越が持ってきた湯飲み茶碗2つは12−14頁に出てくるものと同じ物みたいに見えます。皆実の死後、打越が形見として譲り受けた茶碗を持ってきて、それを見せながらその時の話しをしているのではないかと思いました。
あ、なるほどねぇ。確かに似ているように見えなくもない。だとしたら、なかなかロマンチックでいい流れだと思います。<br>でも、柄もないふつーの茶碗なので、深読みしすぎの危険も除外できない微妙なアイテムですね(笑)。
遅ればせながら観賞しました。利根東子というネーミングには、関東の河川である利根川+そのものズバリの東で、(あとがきでも言及されている)関東の人間代表という意味合いがあるのでは。また、これは穿ち過ぎかもしれませんが、スカートのラインが、皆実→2本、京花→1本、七波→0本とだんだん減っているのに気づきました。
旭と打越が面会してる川辺は50年の時を経てP12−14と同じ場所でしょう。<br>二つの湯飲みは同じものと解釈してます。
日本に行ったとき本屋で<夕凪の街桜の国>を買いました。そしてここで読書ノートを読みました。内容の理解に本当に役に立ちました。わからないことがあるんですが、’夕凪の街’って どんな意味ですか?ただの夕凪の街なんですか、それとも 原爆とか<br>広島と関連がありますか?なんか意味があるため そんな 表題になったんでしょうね。ぜひ 教えてください。
ホンさん、巻末の参考文献に「夕凪の街と人と」という作品があがっています。参考になると思いますよ。
ただただしさん、ありがとうございます!^^
広島の夏は夕方になると風がばたっと止まり<br>いわゆる「凪ぎ」と呼ばれる状態になります。<br>「夕凪の街」とはそのものズバリ「広島」のことです。<br>また「打越」「古田」ともに広島の地名です。<br>ほかにもあるかもしれないけれど、なにしろ貸しだし中なので・・
めっっしゅさん、ありがとうございます。<br>そんなことだったんですね。私は原爆のよって<br>夕方でもないのに<夕凪>という状態になったのはないかと思いました。でもなぜ どうなるのか、わからなくて。。なにしろ ありがとう、めっっしゅさん!
韓国のホンさま<br>そういう読みもありだと思います。<br>たぶん現実の広島と次々に被爆者が亡くなっていくことを<br>かけた(ダブルミーニング)うえでの「夕凪」<br>(動きが止まり夜を迎える)で<br>つながれた命がまた花開く「桜の国」なのだと思っています。
ダブルミーニング。あいまいなことなんですが、<br>その分いろんなことを考えながら読めると思います。色々教えてくれてありがとうございます。<br>すばらしい作品のかげではめっっしゅさんのような<br>すばらしい読者がいますね。^^<br>ありがとう、めっっしゅさん!
桃という、かさばって痛みやすい果物を広島に着いてから買わずにわざわざ持って行ったのは、今の子供たちと生活している家庭の(なにげない日常の)中から運んできた桃を供えるため、ともとれます。<br>七波の名前は両親(旭・京花)と父方の家族(皆実・翠・霞・フジミ・天満))の7人の人生(七つの波)を継ぐ長子として(別の数え方では人数が合わなくて・・・)<br>凪生の名前は風のない平和な時代に生きる(そうであってほしい)
上について。お互いの両親と亡くなった姉妹のほうがすっきり。桃は七波が桃をくすねないほうが簡単なので、くすねる事で平野家の女らしさを表現。死者とのコミュニケーションが成立。たとえ魂たちが空からみていたとして、みな笑っていたにちがいない。
平野:広島市中区平野町<br>打越:広島市西区打越町<br>古田:広島市西区古田台<br>大田:太田川?<br>石川:水戸市石川<br><br>特に平野町は,平野一家のもとのすみか(巻末地図参照)のあった南区皆実!町とは京橋川をはさんだ対岸−−ここ父親の本籍地なので,最初に読んだときにピンときた。
フジミが生き残ったのは、放射線は若い人にほど影響が強いからだったと思う。
P24のススキだけでなくP23の3コマめもよくみると絡み付いている穂(?)の部分は手のひらの形
2番目 本を読んでいます。ちょっとおかしな質問かもしれませんが、p7の看板で、下の <ののの>屋<br>は何を売る店ですか?字は違うけど発音は同じですね、<ののの>。間違ったですか?日本の方はすぐ分かる場面も私は分からなくて。。
「大空建研」の下の「の乃野屋」ですか。<br>これは日本人にも解読不可能です(笑)<br>言葉遊びみたいなものだと思われます。<br>p17を見ると皆実たちの職場のビルのようですね。
めっっしゅさん、ありがとうございます! ^^
「ののの」は、こうの史代が作っている同人誌の誌名に基づいていると思われます
あー、こうの史代さんが作っている同人誌ですね。。。ただただしさん、ありがとうございます!
最近「夕凪の町 桜の国」を読んだ者です。<br>フジミが生き残れたのは、自宅で被爆した直後、救護所に収容され、動か(け)なかったからでは。。<br>「平野家のもとのすみか」から小山ひとつ超えた地区は、その山のかげにあったおかげで燃え残ったはずなので、そのあたりにでも避難できたのかも。<br>比較的軽傷ですんだ皆実と霞は、父や妹を探して爆心地付近を何度も往来し、より濃厚に被爆してしまったからではないかと。
「夕凪の街 桜の国」を読みました。<br>皆実が帰宅するときと亡くなるときに出ていた空を眺めるおじいさんが気になりました…
細かい描写。p12.5コマ目のしぐさ http://www.comitia.co.jp/images/kono/minamoto.jpg<br>だそうです。
おー、気づかなかった。
初めまして。姉妹の名前は地名だったのですね。気づきませんでした。てっきり<br>かすみ→みなみ→みどりで、しりとりになっているのかと。「あさひ」はつながりませんが。
はじめまして。<br>素晴らしいまとめページですね。<br>こちらを見てから改めて再読しましたが、名作だと改めて感じました。<br>付け足しがありましたのでひとつ。<br>「夕凪の街」より<br>皆実は頭にも火傷があります(銭湯の場面、P24,26の1コマめ)。<br>そのためでしょう、頭の傷跡を隠すような髪形にし、打越氏の前ではしきりに気にするような仕草をしています。
ホントだ。だからp14の4コマ目でほおかむりでその部分をあわてて隠したんだ。なるほどー。5コマ目の袖を隠す部分だけじゃなかったんだ。私もはじめましてです。ここを読んで随分新しいことに気付かされました。ありがとうございます。<br>さっき改めて読み返して、皆美が何で土手をはだしで歩いてるのかの本当の意味に気が付きました。靴がすり減るからと回りの人に言っていますが、死んでいった多くの人達とつながっていたい、地続きでいたい、という思いのように感じました。p26で原爆ドームの前でわざわざはだしになっている、そしてその横に生えている小さな草が、死んでいった人達の象徴として書いてるように思えます。P9、3コマ目、妹と同じ名前の子供の姿を追うと同時に、その足下の小さな草を見てるようにも思えます。<br>だから、打越さんからもらうのはズック靴でなく草で編んだ草履じゃなきゃだめなんですね。
ほおかむりで隠すのはp12、4コマ目の間違いでした。<br>失礼しました
もうちょっと気が付いたことを書かせてください。<br>p24、3コマ目、死んでいった人の手がススキになっていく表現は恐い感じもしますが、多くの人を見殺しにしてしまった罪悪感と同時に、体に傷を持った皆実を本当に慰めてくれるのは、同じ原爆で死んでいった多くの人達の魂だけなんだということを示している。だから、このコマは多くの黒い手が皆実を追い立てせめているようにも思えますが、逆に不安定な皆実を多くの手でささえているようにも見える、というかあえてそう描いていると思う。4コマ目は傷跡(ケロイド?)と美しい月を見比べている皆実を多くの死者の生まれかわりであるススキや草がつつみこんでくれている、という構図になっていて、草むらに寝ころぶことで苦しみからすくわれるという心情がうまくあらわされている。皆実は土手に生えている草に死者の魂を感じていて、だからわざわざはだしで土手を歩くんですね。p26の右下のコマに小さな草を描いてるのは意図的だと思う。そしてp9、3コマ目なんですが、最初は“他の人は草履をはいていて自分ははだしだ”ということを強調してるのかと思いましたが、どうもそうじゃない。「待ってみどりちゃん」の言葉で死んだ妹を思い出し、その視線の先に小さく草が生えてるのを見て、そこに姿を変えて生まれ変わった翠の魂を感じたんだと思う。そう考えるとこの後の「...いきていたとは」と歌う意味とも通じる。5コマ目で少し陽気になって鞄を振り回す心情の変化もそれで説明できると思う。考えすぎ?<br>もしそうだとしたら、よくぞそこまで微妙なネームを通したもんだと思う。<br>あと、皆実が着てる作務衣は男物なのでたぶんお父さんの形見。後に打越さんが作務衣であらわれるシーンはさらにこの作務衣を形見でもらったわけで、男物だからここで着て登場しても違和感がないわけだ。形見をもらってるのだから、たぶん茶わんもそうなんでしょうね。<br>あ−書きたいことを書いてすっきりした(すいません)。
はじめまして<br>皆実が帰宅するときと亡くなるときにでてきた空を<br>眺めるおじいさんは、戦後しばらく「原爆ブラブラ病」(体のだるさや不調で仕事ができない(日雇いに出ても長続きしない)と呼ばれる症状があったそうですので、たぶんその象徴として描いたのかと思いました。旭が大学入学のため広島についた日に、フジミが「こないだお父さんを亡くしてねえ」と言っていて、桜の国では登場しないので、京花のお父さんではない<br>かと思っています。<br>それにしても本当にいろいろ感じ、考えられるすごい本ですね・・・
なるほど、京花のおとうさんか。そう思えてきました。<br>p91とp93の七波の独白ですが、私にはp93の方は皆実の声に変わっているように感じますがいかがでしょう。それを暗示するものは何もないんですけどね。<br>も一つ、p24、2コマ目、“腐ってないおばさん”をよくみると、子供をかかえているのに気が付きました。その子供をかばうように突っ伏している。すごい。
ごめんなさい、またページ数間違えました。p93とp95で、p95が皆実の声。
はじめまして。先日「夕凪の街 桜の国」を読んだばかりの者です。こちらに来て隠された多くの意味を教えて頂き感謝しております。<br>ところで、P56で旭が探しているのは皆実自身や皆実の知人に関する記録(連絡先など)ではないでしょうか?七波が現れたので咄嗟にド忘れしたフリをしてみせたのでは……と思います。<br>電話料金が先月の五倍だったのは合コン仲間との通話(笑)かそれとも広島への県外(都内だから都外?)通話がかさんだか、といったところでしょうか。
はじめまして。<br>tatenoさんのP.24からの解釈ですが、そうかもしれないけど、娘が泥だらけになって帰ってきたら母親は「乱暴されたのでは」と疑うのではないか、とも思ってしまうんですよね……。
たしかにP25では泥だらけになった皆実を母親が心配してますから、草むらに寝ころんだのはこの時だけなんでしょうね。普段は自宅まではだしで歩いて帰ってきていて母親の前でも見せているので(P10)、「靴がすり減るから」と母親にも話してるんだと思う。でもそれは、皆実の本心の100%を話していない。この土手で死んでいった多くの人達と心を通わせたいからというホントの気持ちは、8月7日の様子を見ていない母親には話せない。皆実は孤独だったんですね。<br>話、かみ合ってますかね?
p.42 監督の背番号は、読売ジャイアンツの江川と同じ。場面が(本拠地の)東京であることを示しています。
先日、片山橋と水の塔公園に行ってきました。片山橋は思いのほかきれいな緑色、公園内のブランコは緑と赤の配色で、ちょっと意外でした。行ってみてわかりましたが、中野区は非核宣言都市なんですね。公園内に宣言を鋳込んだプレートがありました。
初めまして。私もやっと読みました。<br>P45で見舞いに行った七波が霊安室前にたどり着くシーンですが、<br>彼女の母、京香が倒れたとき、そのまま病院に運ばれたが、亡くなってしまったのだと思われます。<br>そのときは霊安室の入り口から入ったのでしょう。<br>と言うことは、P80で京香を見つけたときが、生きている母と会った最後なのかもしれません。<br>今更ながらですが、ただただしさんの書き込みや、皆さんのツッコミを読んでいたら私も参加したくなっちゃいました。
初めまして。<br>私も、すごく今更なんですが、書きこみをさせていただきますね。<br>P77の6コマ目は、文字(声)が隠れてますね。<br>(→P50の1コマ目と同じ)
あ、正確にいうと、心の声(呼びかけ)ですね。<br>それと、P79の1〜2コマ目のホテルは<br>「ほてるかわの」じゃなくて「ほてるこうの」って<br>やっぱり読むんでしょうね?
さらに追加です。<br>といっても、とりたてて書くほどのものではないような気もしますが、一応。<br>・P13の5コマ目、打越さんの視線の先には、P7で皆実が古田さんからもらった竹の皮が干してある。<br>・七波が東子の町で出会った忘れたいものの代表2シーンはコマの枠外が黒(黒縁)で表現されています。→P63、P80
今年の八月にはじめてこの本を読みました。今年は終戦60年と今年の8月にはじめてこの本を読みました。今年は終戦60年と<br>言う事で、テレビでも戦争を扱ったものが多かったですが、ついつい見過ごしてしまっていた時にこの本に出会いました。<br><br>最初にさらりと読んだときは、「桜の国」のさりげない空気感が印象に残りました。<br>でも、最近になって何度か再読してみて、物語の大きなテーマと、その描写の密度の高さに驚きました。特に、マンガでしか表現できない、絵によって語られる部分の豊かさについてです。<br><br>きっとこのような読み方をされている方は他にもいるだろう、と思って、このページに辿り着きました。<br><br>僕も、P67〜P69の、打越さんの存在に気付いた時は嬉しかったです。全くフキダシのない、二人の会話に想像が膨らむところです。<br><br>あと、皆美が腕のやけどを気にしている・・というのは気付きませんでした。やはり男は鈍感ですね・・・。<br><br>このページに書かれていなかったことを2、3追加しておきます。既に気付かれているところだとは思いますが。<br><br><br>・P42〜P43で、七美が退屈そうに見学させられている描写は、やはり先生が被爆2世の七波の体調に特に注意している、ということなのでしょうか。<br><br>・「桜の国1」のP41で出て来たミシンが、「2」のP56でも出てきます。ミシンはフジミが皆美の看病をしながら、生活のため(?)に無心に動かしていたもの。重要な小道具なのですね。<br><br>・P58の5コマ目、病院の看板で左端の切れている文字は「放射線科」と読め、なんとなく意味深です。ちなみにこの前に登場する新井薬師駅とともに、田無駅も「南口」なのですがこれは「皆美」とは・・・関係ないですよね(笑)。<br><br>・P67で原爆ドームと電線の上を飛ぶ2羽の鳥は、P29の隠喩的な最後のコマとのつながりを感じさせます。鳥の種類は違うようですが(多分P29はハトでP67は白サギ)、果たされなかった打越と皆美の思いを旭と七波が見ているような印象を受けます。<br><br>・「夕凪の街」には無かった広島の桜の木が、「桜の国2」の回想の中で、旭たちの成長と共に大きくなっている気がして印象的です。<br><br>・P87の最終コマのバスの風景描写(外を見る七波がちゃんと描いてある!)が、なんとなく気になっていたのですが、朝日を受ける富士山〜フジミと旭、を連想する、というのはちょっと考え過ぎでしょうか(笑)。<br><br>気になって広島の写真集を見てみて、「原爆スラム」と呼ばれた町並みや家の内部の描写の確かさに驚きました。<br><br>本当に、60年前の記憶が今も生きている事を、無理なく分からせてくれる、いい本でした。
何冊目か買い、書評や映画の話など入手しようと検索しましたら、<br>かような分厚いページにたどり着きました。感謝。<br><br>ふらりと脇を見ましたら何と!カブのただただしさんではありませんか!<br>そちらでもお世話になっているので祈念に書き込み致しました。
またまた、すごく今更ですが、まだ書き込めるようなので・・・。<br>(皆さん、とっくにお気づきのことかとは思いますが)<br><br>桜の国(一)で、七波は東子にお金を借りて、家族に会いに東子とともに旅をする。(小学生なりの小さな旅ではあるけれど)<br>桜の国(ニ)で、七波は東子にお金を借りて(貸しつけられて?)、家族を追って東子とともに旅をする。(歴史は繰り返す(?))<br>行き先は「病院」と「広島」と違うけど、そこはどちらも死と再生を暗示させる場所。それをどちらに受け止めるかが(一)と(ニ)の大きな違いでしょうか。<br>(・・・それにしても東子ちゃん、ほんとにいい子ですねぇ)
まだ書き込めますね。では、上の続きです。<br><br>どちらの旅も、東子は自分の将来に関する決意をすることになりましたね。どちらの場合も、素直で前向きで、読んでいてホッとします。
またまた書きます。(みなさん周知のことかと思いますが)<br><br>「夕凪の街」と「桜の国」のそれぞれの舞台となった街のシンボルは、どちらも「ドーム屋根の建物」という共通項がありますね。そして、それぞれ橋の使い方も印象的です。(桜の国は陸橋ですが)
ふたつの「東子は自分の将来に関する決意」のどちらにも凪生が関わってますね
最近になってこの本の存在を知り、読みまくっています。皆様の突っ込み、分析には感心します。まだ、突っ込み欄が生きているみたいなので、旭と京花、それと七波・東子の年齢について、ツッコミ入れさせていただきます。<br><br>まず、旭の年齢ですが、p10で野球部という記述から、昭和30年時点で、中学もしくは高校入学という状態であることが考えられます。仮に高校1年とすると(これは後で京花のことを考える伏線となりますが)昭和14年、もしくは15年生まれの15〜16歳という仮定が成り立ちます。<br><br>上の仮定から、旭が大学入学したのは昭和32年(18歳)とすると、この時、京花は小6(p77)より、12歳、つまり、昭和20年に生まれた可能性が強く、京花は直接被爆したのではなく、胎内被爆である可能性が高いのではないかと想定されます(胎内被爆児の脳の発達については、当時盛んに議論されていたようですし)<br><br>時を経て、旭が京花に正式に結婚を申し込む時の年齢が33〜34歳とすると(p92)、そのときの京花の年齢は27歳〜28歳ということとなり、七海、東子が広島を訪れる桜の国(2)の年齢と一緒になります。<br><br>プロポーズ時の京花と東子の年齢が一緒という仮定で考えると、後半意図的に東子と京花をオーバーラップさせる意味がすごく鮮明になってきます、(p83 1〜3コマ目、p89 7コマ目の東子の表情と p91最終コマの京花の表情がほぼ同じ、七波もp97でお母さんに似ていると発言している)<br><br>東子は広島に行くことで、自分の愛を確認し、凪生と共に生きていく決心を固める。<br>七波はそんな東子の心の動きの中に、旭と京花の心の動きと同じものを見つけ、父と母の愛の軌跡を知る。そして、父と母の子であることを誇りに思い、全てを受け入れて生きる決心をする(同時に、これは弟カップルに対する祝福になる)p95のモノローグと桜の花は七波自身の決心の表象としてものすごく劇的だなと感じずにはいられませんでした。<br><br>とりとめのない文章ですいません。著者が元来理系の人のせいもあるのでしょうか、この漫画はいたるところでシンメトリカルかつ論理的な仕掛けがあるように思えてきます。またツッコミがあれば書きます
なるほど、京花と東子の関係についてはあまり真面目に考えたことはなかったですが、けっこう関連しているんですね。<br>七波の心理にそこまで影響を及ぼしているかどうかは微妙だと思いますが(出来すぎという気がします)、2つの時代がここでも強く結び付けられているのは重要ですね。
七波の名前の由来ですが、広島市内を流れる川がかつては7本あったので、それも関係しているかも知れません。現在は太田川放水路が出来て福島川が無くなり6本となりました。
なんかよく分かりませんが、P.75で、本人が、「うちねえ、赤ちゃんの時〜」と言っているので、32年辺りで間違いないのでは?
そういえば、P.74の、娘とお姉ちゃんという言葉に対する京花の反応とフジミが皆実を娘と表現したこと、こないだお父さんをと言った話から、京花は、皆実を知らないのではないかと思います。
ファンページ掲示板にご本人が書いておられました。ご参考まで。<br><br>投稿者:こうの史代 投稿日: 8月12日(土)17時51分15秒<br>お供え物は持ち帰るのが礼儀です。旭は七波がつけているのを知っていて、桃を置きっぱなしにしたのさ。
先程検索でこのページにたどり着き、詳細な分析に驚いております。今更ながら気付いた事をひとつ。<br>P36の解釈についてですが、自分は初読時にすっかり皆実と七波、過去と現代が交差した絵だと思い込んでおりました。髪型・体型もまったく同じですし、ちょうど夕凪の街と桜の国第一部の繋ぎの絵になりますし。P98の2・3コマ目を読んだ後でなおさらそう思いました。<br>この解釈でもやはり「ありえなかった絵」になるのですが。一意見として。
う〜ん…みなさん♪⌒ヽ(*゜O゜)ノ スゴイッ!!!!本を片手にコメント読んで、改めてじっくり読み直して、うなるばかり。遠い昔に読んだ「ヒロシマ・ノート」も読み返そうと思います。それにしても、こうのさん、好きだなぁ。
過去と未来のつながりがすごいね。<br>すごい作りこまれてますよね。<br>映画back to the futureを超えてますね。<br><br>>>旭は七波がつけているのを知っていて<br>やっぱりそうなんですね。だから最後に<br>電車の中で、七波の横に旭が座るわけですね。<br><br>ちなみに俺も西武沿線住民ですわ。
この漫画を読んだら、いてもたっても居られなくなり、連休を利用して広島に行ってきました。<br>皆実が住んでた辺りは、中区基町で<br>漫画にもある通り、公園みたいになってますな。<br>私は広島市出身なのですが、社会科の授業で<br>スラムを整理するため、近くに大規模な<br>公営住宅群(基町アパート)ができたって<br>習った記憶がありますよ。<br>今はスラムの面影は全くありません。<br>スラムの様子はNHKアーカイブスで以前、<br>放送されていたと思います。<br><br>>>理 (2005-04-29(金) 04:04)<br>そうかもしれませんね。<br>元気だったのに、畑仕事をしようと<br>土を掘り返していたら、具合が悪くなって<br>亡くなった人もいたと聞いております。<br>投下直後からしばらくの間、広島は<br>長居すると危険な場所だったようです。
ただただしさんの「夕凪の街桜の国」に対する想いや熱意のようなものに感銘を受けています。<br>このたび2007年7/28に公開予定の映画「夕凪の街桜の国」の公式ブログが本日オープンになりました。私はその製作に関わっている者です。<br>是非一度ご覧になってください。そしてこのただのにっきにツッコミをいれておられる皆様にもご推薦いただき、映画とともに公式ブログも盛り上げていただければと存じます。是非皆様にこの原作と映画を応援していただきたいと思います。突然このようなコメントをいれさせていただき誠に恐縮ですが、是非お力をお貸しください。<br>よろしくお願いいたします。<br>公式ブログURL:<br>http://blog.eigaseikatu.com/yunagi-sakura/
せっかくブログを始めたのなら、(この記事のように)ネット上で原作に言及しているブログを紹介して、TrackBackを打てばいいのに。と思いました。<br>もちろん映画は拝見するつもりですけど、観る前から何か書くなんてできませんし。
はじめまして、広島出身者です。<br>夕凪だけでなく、朝凪もあります<br>京花は体内被曝者でないと考えられます。よい機会なので、体内被爆者について、ご自分で調べてみてください。彼女は「算数が苦手でちょっとドジなどこにでもいる女の子キャラ」つまし、陸奥A子作品やさだまさしの「雨やどり」などの主人公と同じと考えられます。「ピカにあったから」。人類未体験の原爆の放射能による健康被害について、無知であることから様々な憶測も差別もあったことでしょう。<br>教師の体罰は昔は当たり前のように存在していたことでしょう。
連投してスイマセン<br>さっきの書き込みの朝凪は作品ではなく気象現象のことです。<br>原爆資料館の展示は、昔よりはソフトなものに変えられています。これは個人差が大きいと思われます。東子は看護婦なので、ヤケドやケガの写真を実体験と照らして衝撃が大きかったともとれます。
さらに連投、ご容赦。<br>原爆には直接、原爆投下時に放射線を浴びたことによる被曝の他に、投下後に降った放射能を大量に含んだ「黒い雨」を浴びたことによる被曝。建物や地面等の残留放射能による被曝などがあります。<br>被爆の翌日以降に被爆地に来られて、肉親を捜したり、救護活動を行って、入市被爆された場合もあります。<br>被曝していなくても新しくできた傷の治りが悪いと、ピカの毒のせいではないかといった憶測で心配をすることなども多かったように聞きます。
はじめまして。本を片手にチェックさせていただきました。<br>みなさんすごいです。<br><br>この本を手にとって1年になりますが、今日ふと気付いたのですが、<br>あんなに京花に対して奥手だった旭が、定年後には合コンに行き出してるんですね…すごいなぁ。<br><br>旭が京花に懸命にプロポーズするシーン、大好きです。P83 と P91 の間の時間経過はどれくらいなのでしょうね?気になります。
>hal<br>本当にあのシーンは素敵ですよね!<br>先日TrackBackをもらった方が年表を作っていましたが、京花の兄が結婚した年は不明になってます。
はじめまして。<br>先日刊行された文庫版にて『夕凪の街 桜の国』を読み直す機会があり、関連事項を検索して<br>こちらのブログを読ませて頂きました。詳細な解題に敬服いたします。<br><br>> p42<br>> こうの史代は効果線を描かない。にもかかわらず、こんなに動きのある絵が描けるのは驚異だ。<br><br>たったの2コマですが、「こうのさんは、野球も好きなのかな?」と思わせる絵でした。<br><br>p.42冒頭の2コマは、1.三遊間の打球を逆シングルで捕球 2.右足の着地と同時に身を捻り、<br>ジャンピングスローで一塁送球 という動作ですね。プロ野球のショートでも、名手でなければ<br>なかなかできないと言われています。<br><br>昔の少年野球では1.は「禁じ手」とされ、「ゴロは回り込んで正面から捕球すべし」「腕だけを<br>伸ばして逆シングルで捕るような横着はするべからず」と指導されるのが常だったそうですが、<br>最近は少年野球でも、逆シングルでの捕球を積極的に教えているそうです。<br>http://www.tokyo-np.co.jp/tochu/article/column/eto/CK2008031802096326.html<br><br>とはいえ人並み以上の運動神経が無ければこなせる動作じゃありませんね。少年野球とはいえ、<br>監督がショートに抜擢するくらいですから、七波の基礎体力(ベースカバー、バントシフト、外野の<br>中継等々に伴う守備位置の移動では、一般にショートの動きが最も大きくなる)と運動神経は<br>かなりのものだったのでしょう。<br><br>そして2.に至っては、少年野球や草野球のレベルを超えてます(笑)。基本は捕球直後にステップを<br>踏み、体勢を整えて一塁送球…で、普通は暴投の危険があるのでジャンピングスローはしません(笑)<br><br>蛇足ですが、日本のプロ野球における「逆シングル」の元祖は広島東洋カープ初期の頃の名ショート、<br>白石勝巳選手なのだそうです。<br>http://www.chugoku-np.co.jp/Carp/50y/retu/2/990203.html<br><br>p.89の「ショート石川、矢のようなスローイングで一塁送球!」もむべなるかな?(笑)
文庫版が出ていたんですね、知りませんでした。でもできれば大きな版で読んで欲しいなぁ。緻密な絵なので。<br><br>>たったの2コマですが、「こうのさんは、野球も好きなのかな?」と思わせる絵でした。<br><br>どっちかというと、通行人Mさんの野球好きっぷりに感銘を受けました:-)
皆様のツッコミを見て <br>遅ればせながら文庫本片手に読み直しています。 <br>「湯のみ」ですが、p31で霞姉ちゃんが投げているのと関係あるのかと思いました。 <br>p12で湯のみを見つめているのは <br>欠けてないものを打越氏に出そうとしたのか、 <br>p15ではおねえさんを思い出して「幸せ」にとまどってるのかな、、と深読みしました。